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304号「小沢一郎と検察」

オピニオンレター304号  平成22年3月8日

「小沢一郎と検察」

 小沢一郎氏と検察との戦いは明治維新から始まった日本の政治と官僚との攻防の物語の延長線上の視点で見るべきであると主張するのは、警察官僚として30年以上の経歴を持つ金子仁洋氏である。

 同氏の著作「政官攻防史」(文春新書)で述べられている表現によれば「明治以降の我が国統治の歴史は「政」と「官」の攻防の歴史である。」「初代伊藤博文以来1945年の敗戦まで我が国には42代29人の首相が誕生したが、その中で衆議院議員として首相の印綬を帯びたのは原敬、浜口雄幸、犬養毅のわずか3人だけである。実態の如何を問わず、多かれ少なかれ「金権政治家」「腐敗政治家」の汚名を着せられ、テロに倒れている。」

 そしてそのお先棒を担いだのが平沼騏一郎の率いる検察官僚であったという。この体制即ち検察と政治との対決は連綿として今日まで続いているというのが金子氏の指摘である。

 ところで小沢氏と検察の対決は三人の秘書の起訴、小沢氏本人の不起訴という形で、いわば引き分けに終わったようにみえるが、政治家として小沢氏が蒙ったダメージははかり知れないものがあると言ってよかろう。検察審査会という機構がありここで2度にわたって起訴すべきという結論が出されれば検察は起訴せざるを得ない制度になっているが、世論の動向からして最終的には小沢氏が起訴されるのは避けられないと思われる。結局検察の勝ちということになる。

 私はかつて小沢氏と政治活動を共にしたことがあるだけに(個人的にはあまり親しい関係ではなかったが)言い難い思いもあるが、各視点からみて小沢氏はもうこの辺で政界から身を引くべきであると考える。小沢氏が政界にいることによって如何に政治が暗いものになっているか、政界に闊達さがなくなっているか、いずれにせよ彼の存在がなんとも鬱陶しいのである。日本の政治をもっと明るく自由な本当の民主主義にするためにも彼には政界から姿を消してもらうのが何よりであると確信する。民主主義を達成するためと言っている彼が実はそれを阻害している存在なのである。大変皮肉なことではあるが。

 それはそれとして、一方、それが検察の手によって引き金がひかれることには、いささか戸惑いを感ずるのも事実である。

 尚、前記の金子仁洋氏の著作を一読されることをお勧めしたい。

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前衆議院議員
愛知和男