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288号 「アフリカの発展はなぜ遅れたか」

先日、わが国が主催するアフリカ開発会議、いわゆるTICADの第4回総会が横浜で開かれた。

この国際会議をはじめた頃は、世界にいろいろと憶測を呼んだりして外務省は苦労してきたが、日本は権益を求めてこのような会議を主催するのではなく、純粋にアフリカの発展を願うために行動を起こしたということが、当のアフリカ諸国の間で広がって、今や世界から認知された国際会議となっている。

それはそれとして、アフリカ諸国が依然として貧困から抜け出ることができないでいるという事実は真に憂慮すべき事実である。テロなどの温床になっているアフリカ諸国が貧困を克服して初めて世界の平和が達成されるといって過言ではない。

したがって、日本としてどのような協力ができるのだろうかを考え行動を起こすことは、正に日本が世界の平和に貢献する具体的な道と言えるだろう。

アフリカ諸国は永年にわたって主としてヨーロッパ諸国の植民地となってきた。第二次世界大戦終戦後から独立運動が盛んになり、今やアフリカの国々は全て独立国となっている。

しかし、それぞれの国はかつての宗主国とのご縁が依然として強く、多くのアフリカの諸国はヨーロッパの国々の影響下にあるところが多い。

ところでアフリカに植民地を持っていたヨーロッパの国々は、旧植民地の貧困問題を解決するために基本的な責任を負っていると言わざるをえないだろう。永年にわたって搾取をしてきたことはまぎれもない事実であるからである。このことを旧宗主国は自覚しているようで、いわゆるODAなどの供与にも力を入れてきている。

しかし、その効果が充分上がっていないというのが現実なのである。どうして効果が上がっていないのか。

ひとことでいって、ODAの質が問題なのだと思う。ヨーロッパ諸国のODAは無償援助を質の高い援助とし、逆に借款のようなやりかたは質が低いと位置つけている。日本のODAは借款が主流であるが、日本はこのことでヨーロッパ諸国から非難されてきている。

私はこの点がまさに問題だと思うのである。つまり無償援助がよくて有償資金援助がよくないと言えるのだろうかということである。

無償援助の基本的な思想は慈善であり施しなのである。

キリスト教の影響が強く出ているのかもしれない。一般的に慈善の意義を否定するつもりはないが、ODAに関していえば、慈善の思想にもとずく無償援助は効果をあげないのである。アフリカ諸国に対する開発援助が効果をあげていないのが最もいい証拠となっている。

一方借款方式が大きな効果をあげている例は、アジア諸国に対する日本の経済援助政策である。アジア諸国は日本からの援助を受けて経済を離陸させることに成功して、今や発展途上国の範疇から卒業する国が続出しているのである。

なぜ無償援助が効果をあげないか、一方有償援助が大きな効果をあげるのか。

無償援助は受ける国に援助慣れが生じ、受けた援助をいかにその後の発展に結びつけるかといった発想が乏しくなる。もらった援助がなくなればまたもらえばいい、という安易な対応になり勝ちなのである。同時に無償援助だと一度にできる供与の金額に限界がでてきて、多額の資金を要するインフラの整備などの大型プロジェクトを無償援助資金で実施することは難しいのが現実である。

一方有償資金援助は援助を受けた国は返済しなければならないので、どうやって、もらった資金を使って利益を得ようかと知恵を絞ることになる。このことが経済援助が大きな効果をあげることにつながるのである。

また援助資金の量についても、借款であるから長期的な計画をもとに大型のプロジェクトの建設が可能になる。このことによって道路とか港湾とか通信施設とか、いわゆるインフラ整備が進められ、経済の基盤整備が可能になるのである。アジア諸国の今日の発展の基盤はこのようにして築かれたのである。

返還を求める有償資金援助など援助というに値しない、無償援助こそ援助というに値するという主としてヨーロッパ諸国にある思い込みをどうやって払拭させられるかが、アフリカ諸国に対する援助政策のキーポイントであると思う。

日本式の、借款を中心にした経済支援こそ大きな効果を上げるのだということを、日本は自信をもって世界にアッピールすべきである。