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276号 「永年勤続表彰」

お陰様で、永年勤続表彰を受けることができました。


1月29日の衆議院本会議で、院議により、25年勤続の表彰を受けました。大変感激しております。

途中5年の落選期間がありましたので、初当選から30年かかった永年表彰でした。

恒例により本会議の壇上から謝辞を述べたのですが、色々なことが脳裏に浮かび感慨無量でした。(謝辞の原稿を別添いたします。)

これから何年続けられるかわかりませんが、議員を続けている限り、全力で使命を全うしていく決意です。

今後ともよろしくお願いいたします。

「 永年勤続表彰 謝辞」

ただいま、院議をもちまして在職25年の永年表彰を賜りました。この上ない光栄であり感激ひとしおでございます。永年在職表彰をいただくことになったのも、長年にわたって支援してくれた家族をはじめ後援会の皆さん、選挙区の皆さん、そして先輩同僚議員の皆様のおかげでございます。改めて大勢の皆様に厚く御礼申し上げます。

思えば私の政治家としての人生には多くの波乱がございました。

私ども夫妻が、子供のいなかった愛知揆一夫妻の養子になったのがそもそものはじまりでした。その当時、私は大手鉄鋼会社のサラリーマンをしており、政治家になるつもりはなかったのですが、養父愛知揆一が田中内閣の大蔵大臣在職中に肺炎で急死するというハプニングが起き、急遽、私が後継指名を受けることになりました。何しろまったく新しい世界であり、さらに当時はロッキード事件で世間は大変荒れていた時でしたし、またそれまで宮城県とはご縁がなかった私たち夫妻にとって選挙運動は困難を極めました。三木内閣による任期満了での総選挙までの丸3年、選挙区をひたすら歩き続ける毎日でした。


政治家としてスタートしてからも波乱続きでした。自民党政権の崩壊、細川内閣、羽田内閣、村山内閣、そして自民党と公明党の連立内閣と政権は目まぐるしく変化し、また私自身のことでは、田中派の分裂、更に竹下派の分裂、自民党離党、そして復党と政界の荒波にもまれましたが、それでも其の中で、環境庁、防衛庁の長官をはじめ多くの要職をやらせていただいたのは、先輩同僚議員のおかげ以外の何ものでもございません。

特に終生忘れられないのは、2000年の選挙で議席を失い、そのまま政界を引退せざるを得ない状況に追い込まれていた私が、一昨年の9月、小泉首相の手による突然の解散総選挙に際して、当時の二階自民党総務局長や武部幹事長のご配慮によって候補者として公認していただき、さらに当選の栄誉に輝いて政界復帰を成し遂げることができたことでございます。

多くの先輩同僚議員からいただいてきた数々のご厚情に対して感謝の気持ちを表す適切な言葉を捜すことが出来ない思いで一杯でございます。

私は現在、憲法調査特別委員会の理事として、憲法問題という日本国家のあり方の基本にかかわる問題に取り組んでおりますが、この課題をはじめ、美しい国をつくるための諸課題に、今後も全力をつくしていくことをお誓い申し上げ、謝辞といたします。

本当にありがとうございました。