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273号 「国連中心主義外交で日本はどんな実績をあげられたか」

「国連に対する対応を大転換すべきである」 

日本が国連に加盟を許されて50年が経った今年であるが、戦後の日本外交の大きな柱は国連中心外交であった。その内容は何だったのかと振り返ってみると、多額の分担金を負担させられてきただけではなかったか。ずばり言って国連中心主義と称する外交方針は日本の国益に照らして大した実績をあげて来なかったということである。
日本がたいした役割を果たせないできた最大の理由は、もちろん、安保理の常任理事国でないということにあることは論をまたない。
そのために安保理事会の常任理事国になるための運動をいろいろな方法を講じてやってきたことは確かであり、担当者の苦労を多とするにやぶさかではないが、残念ながら結果を残すことは出来ないでいる。
しかし敢えて言えば、そもそもこれは無理な話なのだと思うのである。
ではどうするか。
例えば国連の重要ポストに日本人を送り込むことである。この度、韓国人が事務総長になったが、なぜ日本人がなれなかったか。能力的にはなれる人がいたはずなのになぜ日本人がなれなかったか。答えは簡単である。外務省の人事方針が原因なのである。
国連をはじめとする国際機関で活躍するには、その場に長く在籍しなければならないのである。人物そのものが評価されている、あるいは顔が売れているということが肝心なのである。出身国がどの国であるかは二の次三の次である。世界ではよく知られていない国の国籍を持つ人物でも国連では大きな顔をして重要な役割を演じているのである。
日本はどうかといえば、いわゆる官僚人事で、大使をはじめ主要人物は2?3年で移動になってしまう。これではとても国連で大きな活躍などできるはずがない。
更に人の問題である。東大教授をしていた人物を最近まで次席大使として派遣していたが、
このことに何の意味があったのか。ちなみに彼は現在東大教授に戻っている。
ことほど左様に外務省は国連中心主義といいながら全く何の戦略も持ち合わせていないのである。
国連は国会とよく似たところがある。即ち、国会では当選回数がものをいうが国連では在籍年数がものをいう。いずれもその場に長く在籍することが肝心なのである。
国会では正式な会議はいわばセレモニーで、実際の決定は事前の折衝でなされるが国連も同様である。いわゆる根回しの世界である。
また決定のやりかたも多数決による投票できまる場合はごく限られていて、普通は全会一致か執行部に一任するというやりかたが多い。まさに自民党と酷似している。
このような国連であるから、国連中心主義の外交を推進するというのなら、戦略を立ててそれなりの人物を時間をかけて養成する必要があるし、また日本の国会や政界でしかるべき経験を積んだ人物を活用するのも一案であろう。
国連の場で解決していかなければならない課題は益々増えている。テロもそうだし地球環境問題もそうである。
日本は安保理の常任理事国になるということ一本槍の国連対策ではなく、もっと実のある国連対策、例えば地球環境常任理事会を創設するという提案など、多角的国連対策を講ずるべきである。