前衆議院議員 愛知和男の公式サイト:

ホーム > オピニオンレター > 269号 「非核三原則について」

269号 「非核三原則について」

北朝鮮の核実験によって触発されて、非核三原則に関する議論が俄に盛んになってきた。

中川政調会長や麻生外務大臣の発言が物議を醸しているが、どこがそんなに問題なのか、正直言って私にはよく理解できない。

確かに世界では北朝鮮が核保有国になったこの機に日本は核武装するのではないかとの観測が一部に高まっているといっていいだろう。中国が既に核を保有しているし、北朝鮮が核を保有することになれば、日本は自国の安全を確保するためにも核を保有するという政策の選択をしてもおかしくないと思われても仕方がない。日本は核兵器を作り保有する能力は充分に持っているからである。日本は国策として、今までは核を保有しないという政策を堅持してきているにすぎない。政策の変更は何時でもできるし、変更しさえすれば直ちに核を保有することができるのである。

日本は、今更言うまでもないが、自分では核兵器を保有しないで、アメリカの核で守ってもらうという方針を選択し今日までこれを堅持してきている。
日本が核を保有すると、それだけでアジアのみならず世界の大きな不安定要素となると思う向きが多いので、敢えて、自分では持たないという政策を堅持しているのである。
核兵器を持つか持たないかでは、国際政治上の存在感が大きく違うことは現実問題として事実であると認めざるを得ない。だからこそ安保理常任理事国で既保有国たる米英仏露中は核を廃棄しようとしないし、新たに持とうとする国が続出しているのであり、北朝鮮も例外ではない。
日本も国際政治上、あまりにもばかにされ続けると、核を持とうではないかという世論が高まることは充分考えられる。世論に押される形で核を保有するに至るというのは最悪のシナリオと言わざるをえない。私は日本が核を保有することは断じて良くないと思っている。
ということはアメリカの核の傘のもとにあることをより実効性の高いものに堅持していくことによって、こうした世論の暴走を抑えることに最大の努力を傾注していくべきであるということである。

ところで一口に非核三原則というが、三原則なるもの即ち「作らず「」持たず」「持ち込ませず」については、前の二つと最後の「持ち込ませず」では全く意味合いを異にする。
「持ち込ませず」とは日本以外の国に、現実問題としてはアメリカに核を日本に持ち込まさせないということである。
アメリカによる日本への核の持ち込みについて、何を以て持ち込みとするかについては多くの議論を経て、今では、日本の本土にある米軍基地に持ち込むことはもちろん、核兵器を搭載した艦船が日本の港に入港すること、さらには日本の領海を通過することも許さないことになっている。
ところで北朝鮮が核保有国になって日本にとって核の脅威の質が従来とは全く次元の違ったものになった現実のもとで日本の安全はアメリカに頼るしかないという事態になったのに、従来のような厳しい方針を堅持していていいのだろうか。大いに議論の余地があると言わざるをえない。

非核三原則をいっぱひとからげにして、議論の対象にするとかしないとかいって騒いでいるのは、あまりにも現実離れした正に平和ぼけ以外のなにものでもないと思えてならない。