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265号 「安倍新内閣では内閣官房副長官(事務)の人事を評価する」

 長年続けてきた愛知和男のオピニオンレターは今年の年初に書いてから今日まで中断しておりましたが、再開することを決心しました。
中断した理由は、思いも寄らなかった政界復帰による心身にわたる余裕のなさでした。

一年たって落ち着きを取り戻してきたし、言いたいこともたまってきましたし、また言わねばならぬこともあるとの思いも募ってきたことなどが再開を決心した理由です。
従来通り、なるべく率直に思うことを記していきたいと思いますので、ご愛読のほどをお願いいたします。

ところで初の戦後生まれの総理大臣として出発した安倍内閣ですが、人事を見て、率直なところ、あまりに新鮮味にかけるもので、正直言ってがっかりしました。この陣容で、果たして山積みする難題を解決していけるのか、甚だ心もとないと感じております。

といっても自民党の代議士のひとりとしては傍観しているわけにもいきませんので、自分を納得させることに努力しながら、私なりに、国家のために奉仕していかねばならないと自分に言い聞かせています。
ところで新人事の中で私がひとつだけ高く評価するのが、官房副長官(事務)を更迭して新しい人を任命したことです。もっとも具体的な人選が適切であったかどうかには疑問が残りますが。

私が評価するのは、かねてから、内閣が変わっても、官僚の頂点に立つ人物は、引き続きそのまま留任することが慣例になっていたその慣例を破った点です。

官房副長官の存在は官僚支配の象徴的存在でした。例えば、宮沢、細川、羽田、村山、橋本と目まぐるしく内閣が変わりましたが、この変化は、それまでのように自民党の中での変化ではなく政権政党が変わっているにもかかわらず、官僚の頂点に立つ官房副長官(事務)は同一人物がずっと勤めていました。同じ自民党の政権でも、総理大臣が代わっても官僚の頂点は変わらず、7年も8年も同じ人物がこのポストを勤めていたことがよくありました。
政治とは全く関係ないところで日本の国政は官僚の手で行われていることの象徴でした。

私は日本を本当の民主主義国家にするためにも、国政の実権を政治が官僚の手からとりあげる必要があるとかねてから痛感していました。たとえ同じ自民党の内閣でも、首相が変わったら官房副長官は更迭すべきであると思って、その旨、機会あるごとに主張してきました。
かねてからのこの私の主張からすれば、今回の官房副長官の更迭は正に私の主張にあったものであり、ひとまず高く評価したいという思いです。

但し新任の人物が、しばらく民間人であったとはいえ、官僚として頂点を極めた人であることはいささか残念な思いを拭いきれませんが。

いずれにせよ、今回のことが慣例になって今後このような人事が行われ、官僚支配体制に楔を打っていくことになることを期待しています。